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東京地方裁判所 平成2年(ワ)11502号 判決 1992年4月15日

主文

一  原告と被告との間で、原告が被告に賃貸している別紙物件目録(一)、(二)記載の各建物の賃料が、平成二年五月一六日から平成四年五月一五日までの間、月額金三〇〇〇万円であることを確認する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

理由

第一  請求

原告と被告との間で、原告が被告に賃貸している別紙物件目録(一)、(二)記載の各建物(以下「本件建物」という。)の賃料が、平成二年五月一六日から平成四年五月一五日までの間、月額金三三四七万七六〇〇円であることを確認する。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は、昭和五二年六月二四日、被告に対し、本件建物を次の約定で賃貸した(以下「本件賃貸借契約」という。)

(一) 使用目的 店舗利用(ダイエー西台店)

(二) 契約面積 一万九〇八二・三三平方メートル(五七七二・三七坪)

(三) 契約期間 昭和五三年五月一六日から昭和七三年(平成一〇年)五月一五日までの二〇年間

(四) 賃料 昭和五三年五月一六日(建物引渡時)から昭和五六年五月一五日までは月額一七八九万四三四七円(一坪〔三・三〇五八平方メートル、以下同じ〕当たり三一〇〇円)とし、昭和五六年五月一六日以降は月額二〇二〇万三二九五円(一坪当たり三五〇〇円)とする。その後は、近隣の建物の賃料との比較、諸般の経済情勢の変化、公租公課等を考慮し、原、被告協議の上、適正額に改定する。

(五) 一時金等 被告は、敷金として三億三五〇〇万円を契約締結時に原告に預託するほか、建築協力金として一八億八一一五万円を原告に融資し、うち三億七六二三万円は契約締結時に、一五億〇四九二万円は建物引渡時に交付する。原告は、右建築協力金につき、建物引渡後二年間は据置、三年目から一七年間にわたり、一〇年間は無利息、その後は残額につき年二パーセントの割合による利息を付して元利均等償還する。

2  原告は、昭和五九年五月一六日、被告との合意により、本件賃貸借契約に基づく同日以降の賃料を月額二一八七万円(一坪当たり三七七三円)に改定した。

3  原告は、昭和六二年三月ころ、被告に対し、本件賃貸借契約に基づく同年五月一六日以降分の賃料額を改定するための交渉を申し入れ、被告と交渉したが、その過程で、右賃料額を一坪当たり月額五〇〇〇円に増額する旨の意思表示をした。しかし、被告との間で合意が成立しなかつたため、原告は、当庁に賃料増額確認請求訴訟を提起し、調停に付された後、鑑定人飯島実の鑑定の結果に基づいて、右賃料額を月額二六八三万五〇〇〇円(一坪当たり四六四八円)とすることで、被告との間に調停が成立した。

4  原告は、平成二年五月ころ、被告に対し、本件賃貸借契約に基づく同月一六日以降分の賃料額を改定するための交渉を申し入れ、被告と交渉したが、その過程で、右賃料額を月額三三四七万七六〇〇円(一坪当たり五七九九円)に増額する旨の意思表示をした。

5  本件建物の賃料額は、前記3の前回賃料改定以降の租税等の負担の増大及び土地、建物の価格の高騰等の経済事情の変動により、平成二年五月一六日の時点(以下「本件改定時点」という。)において不相当なものとなつていた。

二  本件の争点

本件改定時点における本件賃貸借契約に基づく適正賃料額がいくらであるかが本件の争点である(以下、一坪当たりの月額賃料で表示する。)

1  土地鑑定委員会の国土庁長官に対する平成二年一〇月二六日付の不動産鑑定評価基準の設定に関する答申に基づく不動産鑑定評価基準(以下「不動産鑑定評価基準」という。)によれば、継続賃料を求める鑑定評価の手法として、差額配分法、利回り法、スライド法及び賃貸事例比較法(比準方式)の四方式が挙げられているところ、鑑定人白鳥芳夫の鑑定の結果(以下「本件鑑定」という。)においては、比準方式は、本件賃貸借契約と比準するに足りる適切な賃貸事例を収集することができなかつたことを理由として、また、差額配分法は、正常実質賃料相当額から実際実質賃料を控除した差額部分のうち貸主に帰属する部分を客観的に判定することが困難であることを理由として、いずれもこれを採用せず、利回り法及びスライド法の二方式を適用した上、これらの方式による試算賃料を関連づけることにより、五一九七円(月額鑑定評価額の三〇〇〇万円を本件建物の坪数五七七二・三七で除し、小数点以下切り捨てたもの)と評価されている。さらに、本訴が当庁の調停に付された際に調停委員会が提示した案(以下「調停案」という。)は、五一〇〇円である。

2  ところで、原告は、本件賃貸借契約における賃料は、前記のとおり、当初は三一〇〇円、三年間据置後、四年目から三五〇〇円にすると定められた結果、実質的に六年間は適正賃料額を見定める作業がされず、その後も一回目の改定時(昭和五六年五月改定時)の増額率である一二・九パーセントのみに引きずられて賃料改定が行われたため、長期間にわたり客観的水準よりも低い額に押さえられてきたとして、本件改定時点においては、前回(昭和六二年五月改定時)の二四・七パーセント増に相当する五七九九円(本訴請求額の三三四七万七六〇〇円を本件建物の坪数五七七二・三七で除し、小数点以下切り捨てたもの)を適正賃料額であると主張する。そして、原告提出の甲三(不動産鑑定士星宏幸作成の鑑定評価書、以下「星鑑定」という。)及び甲四(不動産鑑定士高橋敏外二名作成の不動産鑑定評価書、以下「高橋鑑定」という。)においては、いずれも差額配分法、利回り法、スライド法及び賃貸事例比較法を総合検討した上、星鑑定は六三九〇円、高橋鑑定は五九〇〇円とそれぞれ鑑定評価しており、原告の右主張金額がこれらをも下回るものであることは明らかである。さらに、原告は、本件鑑定及び調停案について、前述のような本件賃貸借契約の具体的事情を顧慮していないばかりでなく、本件鑑定においては、差額配分法(折半法又は三分法)及び比準方式を採用していない上、利回り法も、利回りを一・二六パーセントと殊更低く押さえており、スライド法では、現行賃料を定めた時点における純賃料に変動率を乗じて得た額に価格時点における必要諸経費を加算する手法をとらず、かつ、本件賃貸借契約が営業目的のものであることを看過している点において、また、調停案においては、スライド法のみに依拠したと見られる点において、いずれも相当性を欠く旨主張する。

3  これに対し、被告は、原告主張の適正賃料額を争い、次のとおり主張する。すなわち、本件建物は、原告が、その所有する敷地を最大限有効に活用するため、被告から建築費の融資を受け、独立立地型の大型ショッピングセンターとして建築し、これを被告に賃貸したものであり、被告の商業活動に基づいてその敷地の立地条件が創出され、これが地価の形成に大きく寄与してきた特殊な事情があるし、本件建物における被告の営業は、駐車場装備率及び容積率等の点で集客力に大きな制約を受けている厳しい状況にあるから、被告の同種他店と比較しても、原告主張のような大幅な賃料改定には応じられない。本件改定時点における適正賃料額としては、利回り法及びスライド法の適用により四九八九円(月額鑑定評価額の二八八〇万円を本件建物の坪数五七七二・三七で除し、小数点以下切り捨てたもの)と評価している乙四(不動産鑑定士岡村秀樹作成の鑑定評価書、以下「岡村鑑定」という。)若しくはスライド法を中心とした調停案の数値が妥当である。

第三  争点に対する判断

一  まず、本件鑑定に対する原告の主張の当否について検討する。

1  本件鑑定は、原告主張のように比準方式を採用していないが、不動産鑑定評価基準においては、比準方式における比較対象事例の選択は、原則として近隣地域又は同一需給圏内の類似地域に存する不動産に係るもののうちから行うのみならず、賃貸借等の契約の内容について類似性を有するものを選択すべきものとされている。しかし、本件賃貸借契約の目的である本件建物は、都営地下鉄西台駅の南側駅前広場の至近に位置し国有地(現況は公園遊歩道)を介在して存在する原告所有の不整形の二画地の土地上にそれぞれ建築された鉄筋コンクリート造陸屋根六階建及び鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付五階建の各店舗であつて、三階部分の連絡通路により右各建物が一体化して利用され、契約床面積も一万九〇八二・三三平方メートルに及ぶ大規模ショッピングセンターであり、原告が、被告から建築協力金一八億八一一五万円の融資を受けて建築した上、被告にその営業用店舗として賃貸したものであるなど、極めて特殊な内容の賃貸事例であるといわざるを得ない。前回の賃料改定時に調停の前提とされた鑑定人飯島実の鑑定の結果においても、賃貸事例比較法を適用して試算を行うため、対象物件と同類型の賃貸借事例を近隣及び類似地域内より収集、検討したが、継続賃貸借中にかかるもので本件賃貸借契約と直接比較するに足りる類似性を有する事例は収集できなかつたとされている。今回の賃料改定交渉の過程で原告の依頼により作成された星鑑定及び高橋鑑定においては、比準方式による賃料試算も行われているが、ここにおいて比較の対象とされている賃貸事例も、地域性や契約内容等の類似性という点で、比較対象事例として必ずしも適切なものとはいえない。そうすると、本件鑑定が、比準するに足りる適切な賃貸事例が収集できなかつたことを理由に比準方式を採用していないのには、それなりに合理性が認められるものというべきである。

2  次に、本件鑑定において同じく採用されていない差額配分法は、対象不動産の経済価値に即応した適正な実質賃料又は支払賃料と実際実質賃料又は実際支払賃料との間に発生している差額について、契約の内容、契約締結の経緯等を総合的に勘案し、当該差額のうち貸主に帰属する部分を適正に判定して得た額を実際実質賃料又は実際支払賃料に加減して試算賃料を求めるものであり、右差額の貸主への帰属部分については、一般的要因の分析及び地域要因の分析により差額発生の要因を広域的に分析し、さらに、対象不動産について、契約上の経過期間と残存期間、契約締結及びその後現在に至るまでの経緯、貸主又は借主の近隣地域の発展に対する寄与度等に関する分析を行うことにより判断するものである。しかし、右貸主への帰属部分の判断は、結局は、鑑定人の裁量に委ねざるを得ない性格のものであつて、これを客観的に判定することは困難であるとする本件鑑定の指摘は、個々の事例において一義的に明白であるとはいえないとする趣旨において、根拠のないものではなく、また、原告がその判断基準として主張する折半法ないし三分法も、本件事案において適切なものであるとは必ずしも断定し難いところである。したがつて、本件鑑定が差額配分法を採用していないことだけをとらえて、原告主張のように合理性を欠くものとはいえない。

3  そこで、本件鑑定の依拠する利回り法及びスライド法に関する原告の主張について検討する。

まず、これらの手法は、従前の賃料額を基準として適正賃料額を算定するものであるが、原告は、本件賃貸借契約に基づく賃料額が長期間にわたり客観的水準よりも低い額に押さえられていたから、これらの手法のみによつて適正賃料額を鑑定評価した本件鑑定は相当性を欠く旨主張する。しかしながら、前記鑑定人飯島実の鑑定の結果においては、不動産鑑定評価基準に掲げられた前記四方式をすべて採用して前回改定時の適正賃料額を鑑定評価しているのであるから、これに基づいて決定された前回改定時の賃料額は客観的な賃料水準に一応合致するものと認められる。したがつて、原告の右主張は採用することができない。

原告は、また、本件鑑定における利回り法による賃料試算において賃料利回りが一・二六パーセントと著しく低く算定されている点を非難する。しかし、不動産鑑定評価基準によれば、継続賃料利回りは、現行賃料を定めた時点における対象不動産の基礎価格に対する純賃料の割合を標準として算定し、右基礎価格は、原価法及び取引事例比較法により算定すべきものとされているところ、本件鑑定においては、この手法に従い、実際支払賃料に敷金及び建築協力金の運用益を加算した実際実質賃料から必要諸経費を控除して純賃料を算定し、この純賃料の基礎価格に対する割合をもつて前記賃料利回りとした上、利回り法による試算賃料を五二〇四円(月額支払賃料三〇〇三万九四二四円)と算出しており、その算定の基礎となつた基礎価格及び純賃料の算定方法にも特段不合理な点は認められないから、本件鑑定における賃料利回りの算定が相当でないということはできない。したがつて、この点に関する原告の主張も採用することができない。

原告は、さらに、継続賃料の試算手法としてのスライド法は、現行賃料を定めた時点における純賃料に変動率を乗じて得た額に、価格時点における必要諸経費等を加算して試算賃料を求めるものであるところ、本件鑑定は、スライド法としてこのような手法を採用していないし、また、本件賃貸借契約が営業目的であることを看過したものであるから、鑑定の方法として相当でない旨主張し、スライド法の内容については、不動産鑑定評価基準にも原告の右主張に沿う部分がある。ところで、現行賃料を定めた時点における純賃料に変動率を乗じて得た額に価格時点における必要諸経費等を加算して試算賃料を求める原告主張の手法は、右変動率が現行賃料を定めた時点から価格時点までの間における経済情勢等の変化に即応する変動分を表すものであり、土地及び建物の価格変動、物価変動、所得水準の変動等を示す各種指数等を総合的に勘案して求められるものであるとの前提の下に、純賃料の基礎となる建物、敷地価格の変動率と必要経費の変動率が異なることを考慮したものということができる。しかしながら、現行賃料を定めた時点における実際実質賃料又は実際支払賃料に即応する適切な変動率が求められる場合には、当該変動率を乗じて得た額を試算賃料として直接求めることも許されるものというべきところ、本件鑑定は、前回改定時の修正要因として東京都区部における家賃についての消費者物価指数を標準とし、さらに、これが一般の住宅(共同住宅)も含むものであることから、近時のビル賃料の上昇傾向を勘案した上、補正を加えて、変動率を一〇パーセントと判定し、これを前回の賃料改定時の実際支払賃料に乗ずる手法をとつているのである。これは、前回の賃料改定時における実際支払賃料に即応する変動率を一〇パーセントと判定した上で、これを右時点の実際支払賃料に直接乗ずることにより試算賃料を算定する趣旨のものと見ることができるから、右試算賃料の算定方法は必ずしも不合理なものとはいえないし、右変動率の判定に当たり本件賃貸借契約が営業目的のものであることを考慮していることも明らかであつて、右変動率の判定が合理性を欠くものともいえない。

したがつて、本件鑑定がスライド法による試算賃料を五一一三円(月額支払賃料二九五一万八五〇〇円)とした点は、相当性を欠くものということができず、この点に関する原告の主張も採用することができない。

二  ところで、本件鑑定は、利回り法が、賃貸借当事者間の過去の合意に基礎を置く点で契約の個別性をより反映することができ、本件のような個別性の強い賃貸借契約においては有力な試算方式であるのみならず、前回改定時から本件改定時点までは比較的地価が安定していた時期に当たり、地価の高騰による影響を受け易いという利回り法一般の難点も免れ、スライド法による試算賃料との開差もきん少であることから、利回り法による試算賃料を中心として、本件改定時における適正賃料額は前述のとおり五一九七円(月額支払賃料三〇〇〇万円)と鑑定評価するのが相当であるとしており、これは前回改定賃料額の一一・八パーセント増に相当する。この点に関しては、原告提出にかかる星鑑定及び高橋鑑定と被告提出にかかる岡村鑑定があり、いずれも本件鑑定とは異なる鑑定評価をしていることは前述のとおりであつて、これらの見解も全く首肯し得ないものではないが、適正賃料額の判定は、多分に裁量的要素が働くものであることは避けられないところであり、原告の主張について前記のとおり判示したところに照らしてみても、右の各鑑定評価は、当事者双方の提出した証拠資料、調停案その他従前の経緯等も総合的に判断して行われた本件鑑定の合理性を決定的に左右するほどのものということはできない。

三  したがつて、本件鑑定による月額三〇〇〇万円をもつて、平成二年五月一六日以降の本件賃貸借契約に基づく適正賃料額というべきである。

第四  結論

以上のとおりであつて、原告の本訴請求は、原告が被告に賃貸している本件建物の賃料が平成二年五月一六日から原告主張の終期である平成四年五月一五日までの間、月額三〇〇〇万円であることの確認を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 小沢一郎 裁判官 笠井之彦)

《当事者》

原告 板橋運送株式会社

右代表者代表取締役 和氣 修

右訴訟代理人弁護士 橘田洋一

被告 株式会社 ダイエー

右代表者代表取締役 中内 功

右訴訟代理人弁護士 荻原静夫

右訴訟復代理人弁護士 田中 茂

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